次回タモリ倶楽部に早稲田大学OBとして、綿矢りささんが出演されます。
綿矢りささんといえば、2004年(当時19歳)『蹴りたい背中』で芥川賞受賞して一躍有名になった方ですね。
あれから13年・・・
当時から可愛すぎる芥川賞作家として話題になりましたが、相変わらずお綺麗ですね。
今では結婚もされて、一児の母として執筆を続けられているという綿矢りささんについて調べてみました。
綿矢りささんのプロフィール
本名 :山田 梨沙(やまだ りさ) 生年月日:1984年2月1日 職業 :小説家 出生地 :京都府京都市 学歴 :早稲田大学教育科学部国語国文学科 |
綿矢さんのお父さんは着物会社のサラリーマン、お母さんは英語の先生で、子供の頃から本だけはいくらでも買ってもらえて読んでいたそうです。
子供の頃から引っ込み思案でマイナス思考だった綿矢さんは、太宰治の作品に惹き込まれ、17歳で作家になろうと決めたのだとか。
2001年、京都市立紫野高等学校在学中に『インストール』で第38回文藝賞受賞(当時17歳)
2004年には、冒頭にも書きましたように、『蹴りたい背中』で第130回芥川賞受賞されました。綿矢さんは当時19歳で、それまでの最年少記録を大幅に更新したのです。
その後も、コンスタントに著書を出されており、代表的なものに下記の作品があります。
- 『夢を与える』河出書房新社(2007年)
- 『勝手にふるえてろ』文藝春秋(2010年)
- 『かわいそうだね?』文藝春秋(2011年)
- 『ひらいて』新潮社(2012年)
- 『しょうがの味は熱い』(2012年)
- 『憤死』河出書房新社(2013年)
- 『大地のゲーム』新潮社(2013年)
- 『ウォークイン・クローゼット』講談社(2015年)
- 『手のひらの京』新潮社(2016年)
- 『私をくいとめて』朝日新聞出版(2017年)
綿矢りささんの結婚した夫と子供について
2014年12月30日、綿矢りささんは所属事務所のホームページにて結婚の報告を行いました。
お相手は2歳年下のキャリア官僚です。
「週刊文春」(文藝春秋)1月15日号の記事によると2010年頃に綿矢さんが小説の設定のため取材先を探していた際に出版社から今の旦那さん(当時大学院生)を紹介されたそうです。
その後、2015年冬に男の子をご出産されて、育児と執筆活動に奔走する日々を送っていらっしゃいます。
育児に関しては、こんなコメントをされていますよ
「『子どもを守らなきゃ』という意識が芽生えました。こういった母性が作品へどう影響するのかまだ分かりませんが、子育ては本当に楽しいです。私も両親のように、子供にやることを押し付けず、子供が自分の道を歩んでいけるよう見守りたいです。」
出典元:日本経済新聞夕刊2016年8月23日付
現在は1歳になるお子さんを育てながら、日々がてんやわんやしており、なかなか「書きたい」という思いにつながらない、長編は難しくても短編なら書けるかもとおっしゃっています。
綿矢さんの失恋経験について
綿矢さんは、実はする前、27歳の時に大失恋を経験されたそうです。
その失恋に寄って、人には分かり合えない部分があるということに初めて気づき、そのショックから仕事にも支障をきたし始めました。
大ヒット作『インストール』『蹴りたい背中』に続く3作目『夢を与える』以降は長い間小説が書けない時期が続きます。
その間、綿矢さんは、時給800円の洋服販売員のほか、結婚式場や料亭などでアルバイトをしていたといいます。
華々しいデビューから、史上最年少で芥川賞を受賞された後に、こんな大失恋をして作家生命にも関わるような危機を迎えていたなんて、全然知りませんでしたね。
実に、3作目から4作目となる『勝手にふるえてろ』が発売されるまで3年の月日がかかっています。
4作目の発表後すぐに今の夫と知り合ったということですので、ようやく失恋の傷が癒えて新たな恋の再出発が切れたのでしょう。
まとめ
今回は、綿矢りささんについてスポットを当ててみました。
華々しいデビューから13年を経て、今は妻として、一児の母として執筆活動を続けられていることが分かりました。
大失恋、結婚、出産をされて、ますます作品の表現力の幅が広がっているように思いますので、今後のご活躍に期待します。
次回の「タモリ倶楽部」ではタモリさんと同じ早稲田大学OBとして出演されるようですが、綿矢りささんについての最新情報が聞けそうですね。
それでは、今回も最後までお読みいただいて、ありがとうございました。