岩瀬仁紀の引退試合&セレモニーはいつ?嫁&子供や経歴も!

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今回は、今季限りで現役引退を表明した

中日ドラゴンズの岩瀬仁紀選手に注目していきます。

前人未到の1,001試合登板と通算407セーブの

記録を持つ球界のレジェンドがユニフォームを脱ぎます。

いずれはこういう日が訪れると分かってはいても、

寂しいものですねぇ。

引退会見では、勇姿はまだ見られますか?との質問に対し、

「最終戦でしっかり自分の投球をしたい」

と、最後の晴れ舞台に向けて力強いコメントがされていましたが、

岩瀬選手の引退試合や引退セレモニーはいつになるのか?

「球界のレジェンドの最後の勇姿を球場で見届けたい」

というファンも多いのではないでしょうか。

また、岩瀬選手のこれまでの経歴についてや、

結婚した嫁や子供などプライベートな話題についても

迫っていきたいと思います。

それでは、さっそくいってみましょう。

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岩瀬仁紀選手の経歴

出典:https://www.jiji.com/

まずは、岩瀬選手のプロフィールです。

岩瀬 仁紀(いわせ ひとき)

出身地:愛知県西尾市

生年月日:1974年11月10日

年齢:43歳(執筆時点)

身長/体重:181cm/84kg

投打:左投左打

ポジション:投手

所属:中日ドラゴンズ

(出典:Wikipedia)

岩瀬選手は、愛知県の西尾東高等学校出身。

1992年夏の甲子園愛知大会2回戦で三好高校を相手にノーヒットノーランを記録し、愛知で注目を集めます。

高校卒業後は、愛知大学に進学し、愛知大学リーグでは1年目から外野手でレギュラー獲得。

1995年秋季リーグより外野手と投手を兼任し登板。

大学3年時には、大学オールジャパンに選出。

大学卒業後は社会人に野球のNTT東海に入社。

近藤真市氏のスカウトを受け、1998年ドラフト会議では逆指名をした中日ドラゴンズにドラフト2位で入団されました。

1999年4月2日、開幕戦の広島カープ戦で初登板。

同年、当時の星野仙一監督の期待に応え、最優秀中継ぎ投手賞受賞します。

その後15年連続で50試合以上登板し、救援陣の柱として活躍。

最優秀中継ぎ投手勝、最多セーブ賞を5度も獲得されました。

岩瀬選手の武器である高速スライダーは、「死神の鎌」と言われるほどキレがありました。

また最速149kmのストレートと、高速シンカー、カーブ、シュートなど、年齢を重ねても球種を増やしたり、常に進化を遂げていた方でしたね。

嫁や子供は?

岩瀬選手の結婚された嫁や子供についてみていきます。

2002年に、岩瀬選手はご結婚されており、

お相手は愛知大学時代から交際していた年上の女性なんだとか。

2004年に長男、2008年には長女が誕生されています。

ということは、現在14歳と10歳ですね。

中学生の長男と小学生の長女がいらっしゃることになります。

嫁さんと子供さんの写真や詳しい情報はほとんど公開されておらず、

信じるか信じないかは、

あなたしだいです!

引退試合と引退セレモニーはいつ?

これだけの大選手の引退ですので、引退試合とセレモニーは

必ずセットで開催されるものと思われますが、

現在のところ、日程については調整中のようです。

本拠地であるナゴヤドームでの最終戦となる中日ー阪神戦で

開催されることになりでしょう。

ただし、台風などの影響もあり阪神は残試合を消化

仕切れるかどうかも厳しい状況に陥っており、

クライマックスシリーズ選出にかけて、対象となる

チームとの残試合が優先されるようです。

それに伴って中日ー阪神戦の日程組は後回しとなって

未定になっています。

こちらの試合日が確定すれば、当日に岩瀬選手の引退試合と

セレモニーがセッティングされる運びになります。

公式サイトのトップページにも、日程について

決定次第案内する旨が記載されておりますので、

公式サイトを随時確認いただけたら幸いです。

中日ドラゴンズ公式サイト

今回も最後までお読みくださって

本当にありがとうございました。

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